にしのひがしの

小説家志望の女が本の感想を書いてゆくブログ。

「苦役列車」感想

 

記事一発目です。にしのといいます。よろしくお願いします。

映画や本の感想考察を細々書き綴っていこうかと思います。できるだけわかりやすくがんばります。

よろしくおねがいします。

今回はこれです。

 

 

苦役列車

苦役列車

 

 

 


「苦役列車」予告編

 

 

 貧しい肉体労働青年の青春を描いて第144芥川賞を受賞した西村賢太の小説を、『マイ・バック・ページ』などの山下敦弘監督が映画化。1980年代後半を背景に、19歳の日雇い労働者で、酒におぼれる主人公を中心に、その友人、主人公があこがれる女性の青春模様を描く。主演を『モテキ』の森山未來が務め、ほかに『軽蔑』の高良健吾AKB48前田敦子が共演。独特の世界観を持つ原作に挑戦するさまざまなジャンルの作品を手掛ける山下監督と、旬の俳優たちによるコラボレーションから目が離せない。     (苦役列車 - 作品 - Yahoo!映画)より。

 

 

原作未読です。山本敦弘監督に関しましては、「もらとりあむタマ子」(絶賛するほどではなかった)と「味園ユニバース」(結構好き)、それと「山田孝之の北区赤羽」をちょろっと見た程度です。でも、今回の「苦役列車」は、特に監督オリジナルの部分の演出が凄く良かったと思います。ぶすっとした女子が出てこなかったせいかな。

ライムスター宇多丸では、前田あっちゃんが絶賛されていましたね。私はあっちゃんにはそこまでグッとこなかったけど、森山未來の演技がとにかく際立っていたと思います。ただ、手を舐められても、押し倒されても、怒りも殴りもしないあっちゃん 康子ちゃんにはなんていい子なんだ!と思いました。

《あらすじ》

父親が性犯罪で逮捕され一家離散、中卒で日雇い人足として小金を稼いでは、家賃も払わず風俗に通う青年・北町貫太(森山未來)。偶然現場が同じになった専門学生・日下部正二(高良健吾)と徐々に親しくなり、仕事上がりに一緒に飲みにいく間柄になっていく。貫太は古本屋で働く女子大生・桜井康子(前田敦子)に密かに想いを寄せており、正二に彼女との仲を取り持ってほしいと頼む。正二から「こいつと友達になってやって」と頼まれた康子はそれを了承し、貫太の前には薔薇色の未来がひらけたと思われたが

全体的に古ーーくて貧しーーい、荒んだ昭和のムードが漂っています。

 

.とにかく森山未來がすごい

 まずなんといっても森山未來の演技の生々しさ。ふとした目つき、仕草、喋り方、歩き方。全てがクズ男以外の何者でもなかった。まだ高良健吾とか前田敦子は、これは演じてるんだ、と思って見れてたんですけど(演技が下手というわけではないです)、森山未來は次元が違いました。次の瞬間にスクリーンからぬるっと出てきて、そのまま周りに難癖つけながら、映画館の出口まで座席を蹴りながら歩いて行ってもおかしくないレベル。とにかく全てを憎んでて、あやうくて、怖くて、気持ち悪くて、汚らわしい雰囲気がすごかったです。

なんせ、家賃を何ヶ月も払ってなくて、催促される度に「すみませぇん」とか、床に頭こすりつけながら土下座して、大家が見えなくなったら「そんなにうまくいくかよ、バーカ」とか言っちゃう。最終的に大家の息子から怒鳴りつけられ、強制立ち退きと相成るわけですけど、出て行く直前におもむろに下半身裸になって、畳の上にウコしていこうとするんです。「大家の野郎への腹いせだ」と。とんだクズだし、それをやって全く違和感がない森山未來がすごい。

個人的に、この死にそうな大家さんがキャラ立っててかなり結構好きです。あれは名演ですよ。

2. 脇役がよし

 マキタスポーツ演じる(私この人よく知らないんですけど俳優さん?お笑い芸人さん?歌手?)現場のおじさんもいい役柄です。

最初この人、若者忠告系の自分の状態によってコロコロ言うこと変わるちょいウザおっさんとして登場します。現場の川で貝とって食べようとして、「あんな汚ねえとこで取れた貝なんか食えるわけねえだろ、バカかおめえ!」って上官(?)に言われたりします。

貫太はそんな彼を「底辺日雇い労働者のくせしやがって」と(自分もそうなくせに)見下していますが、ある日、このおじさんが機械に巻き込まれて片足を失ってしまい、(なぜか)貫太が医療金を渡しに行きます。そのときにこのおっさんがね、呪いのような言葉を吐くんですよ。「お前いつか変われるとか思ってんじゃねえだろうな。無理だよ、俺たちはこのまま毎日飯食って小銭稼いでうんこして死んでくんだよ!」みたいなことを、言うんですよ。そこで貫太が初めて「本を書きたい」と、夢を言う。「はあ?お前みたいな中卒に本なんか書けるわけねえだろ!」とか最初はいうんですけど、実はこのおっさんにも夢があった。歌手として成功したい。さすが原作が小説なだけあってこのへんの構造はしっかりしています。わざとらしくもない。いかにも美談みたいな、夢への応援歌、みたいな感じではない。ゴミために捨てられたような夢が、未だ脳裏にこびりついて、消えないシミのようにとれない。そんな「夢への形」が「苦役列車」には描かれます。

このおじさん、足はずっと悪いまま、現場仕事もできなくなってしまいましたが、ラストシーンで、素人さんの歌大会みたいなものでテレビに出て歌います。それが、貫太が小説を書き始めるラストシーンへの引き金になっています。後述しますが、私はこのラスト、すごくすごく好きです。

 

他の脇役も、程よく「引っかかる」人たちばかりです。サブカルクソ女もそうだし、大家もそう。

貫太は風俗店で働いている元カノに会い、「やらせてくれよ」と頼み彼女についていきます。そこで出会うのがいかにもヤバそうな今彼らいしき男。彼は最初生意気な貫太を殴りまくりますが、落ち着くと、「お前、こいつとヤれ」と貫太に言います。貫太が断ると「じゃあ、3Pしようぜ」。元カノ泣きわめいてて全くそういう雰囲気じゃないのに。それも断られると、「じゃあ、動物ごっこだ。俺がゴリラ、お前(元カノ)がライオン、お前(貫太)がサルだ」とか言い出して、自分の胸板殴りながら「ウホウホウホウホ」とか言い出します。文章だと異様さが伝わりづらいですが、ここめっちゃ異様です。異常です。殴られたくない元カノが参加して、「ガオーーーーガオーーーー」、それで貫太も「ウキャキャッウキャキャッ」とかやりだします。出前の寿司を素手で掴んで他人の口にねじこみ、一心不乱で動物の真似を続ける人間三匹。めっちゃ怖いです。

 

. ラストがよし!!

 

そしてなんといってもこれです。ラスト十分あたりで「三年後」(だっけ)の字幕が唐突に挟まり、三年後の貫太の姿が描かれます。

三年前と同じように、孤独で、底辺で、風俗通いを続けている貫太。(でも長髪で結構イケメンになってて好きです)料理屋に入ってテレビを見ると、あの足を無くしたおじさんが出ていて、懸命に歌っている。それを見ていると、柄が悪い人にリモコンが奪われてチャンネルが変えられる。それを無言で奪い返してチャンネルを戻す貫太。それをまた奪い返す男。それが何回か繰り返されて、しまいに貫太はリモコンを力ずくで折ります。一気に喧嘩になり、路地裏で殴られ続ける貫太。

なんでこいつこんなことするんでしょうねええ本当。「すんません、ちょっと、この人終わったらすぐ、変えますんで。待ってもらえますか」とか言えば多分見れたのになんでわざわざ。見ていてあまりに世渡り下手なことに今更呆れてしまうんですが。ちょっとこの続きのシーンから、書き出して見ます。

 

夜明け頃、気絶から目を覚まして、素っ裸で道路を走る貫太。

挿入される、正二と康子と三人で行った美しい海のシーン。

「なんだお前ら、元気じゃねえか!」と嬉しそうに言い、波打ち際にいる二人に向かって砂浜を駆け出す貫太。

砂浜に穴が空いており、そこに落ちる貫太。

一転して色彩の薄い、早朝の静かな長屋の前。

大家らしき人が道を掃いている。

大量の水とともに轟音を立てて、屋根の上からごみ捨て場に落下する貫太。

無反応の大家。

立ち上がって大股で長屋に入って行く貫太。

大家、「あ、北町さーん、家賃の支払いお願いしますよー」

貫太、机の上にあるものを一気に音を立てて薙ぎ払い、座る。

ペンを掴み、何かを書き出す音。

一度何かを考えているようにやみ、しばらくしてふたたび再開されるペンの音。

差し込む朝日。

しなやかで美しい貫太の背中。

幕。

 

ーーーーというものなんですけど。

ここに説明が一切挟まれないんですよね。それで、朝の情景、海、貫太の背中と朝日が、素晴らしく美しい。私はここに、すごく感動しました。映像だけでこんなに感動したのは初めてかもしれないです。

貫太は本当に、擁護のしようがない、救いようもないクズです。少し本が好きだからって、他の部分が帳消しになるわけなんかない。父親が性犯罪者であり、中卒というコンプレックスを抱え、人に敵意や悪意を撒き散らす貫太の生は、ほぼ呪われたものといってもいい。彼に感情移入とか、共感は、私はほとんどできませんでした。

ものを書くことが、彼を輝かしい未来につなげて行くかどうかも、わからない。

でも、それでも、書く彼の背中は死ぬほど綺麗で、美しくて、私はほとんど戦きました。

 

原作派の方からは賛否両論あるようです。ただ、映画にするにあたっての臨界点は多分このあたりだったと思います。あまりに生理的嫌悪を掻き立てられるものになってしまっても、今度は貫太の演技が生々しいぶん、余計に不快比重が増していたかもしれない。中卒コンプレックス、性欲まみれ、クズ、暴力。このぐらいで、ちょっと私としてはギリギリでしたね。

この映画は個人的に時間配分もとってもいいと思います。

 

総評として、9.4/10です。見るべし見るべし!