にしのひがしの

小説家志望の女が本の感想を書いてゆくブログ。

書記バートルビー

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  • まったくの虚無状態に陥り次第に何もしなくなっていくバートルビー。そんな男と相対した人間の、戸惑い、苛立ち、同情、疑い、諦め、保身、親切心、寂寥といった心の機微が書かれる。「しない方がいいと思います」。どんな要望もそう返され、静かに無視される。精神病について多少の予備知識のあるつもりの私達も、結局語り手と似たような経過しか辿れないだろう。完全に閉じてしまった人に対して、他の人間ができることなど皆無だ。関係の無力さ、断絶について考えさせられる。傍役の助手たちのキャラが立っていて序盤にコミカルさを与えている。
  • 単なる精神病者バートルビーの経過(悪化)、という単純な読み取りでは、物語の素晴らしさを損なってしまう。亡霊のような/透明人間のようなバートルビー。自分に興味がないのか、既に麻痺してしまっているのか。やんわりと、だが断固としてすべてを拒み続ける様には異様な清冽さがある。理解不可能な一つの謎というイメージは、石や屍と同種の美に到達している。印象は儚くさりげない。けれども妖怪じみて不気味だ。彼の人物造形は人の心の空隙に入り込み、忘れがたい印象を残す。
  • 虚無に呑み込まれたバートルビー。刑務所内の美しい庭で、石のように目を見開いて横たわるラスト。生きながら屍と化したバートルビー。解き明かされない謎、届かない手紙、伝わらない言葉、生きられない人間。
  • ビジネス街の奇譚として、心理小説として、ちょっとしたホラー小説として、現代コメディ短編として、さまざまな角度から鑑賞できる話でもある。軽くも読めるし、深くも読める。ドゥルーズをはじめとして多くの議論・解釈を生んできたのはこのためだろう。考察を誘うところがある。寓話的な口当たりのよさと、バートルビーが陥った虚無の深さの現代性/不釣り合いさ。そしてウォール街の法律事務所という舞台設定(あとの二つは相関しているのかもしれない)が白眉だ。
    1. 「変質狂、悪魔」
    2. 「天使または聖なる憂鬱症」
    3. 「通常の生活を行う通常の人間」

   に分類される。バートルヴィーは1と2の複合型のキャラクターだと思える。

  • また『北米探偵小説21』(野崎六助)では、バートルビーが通達不可能手紙の仕分け人だったという過去が、ポオの『盗まれた手紙』と絡めて「死者」という観点から論じられている。著書の野崎氏は、『バートルヴィー』は変種の探偵小説だという。探偵小説世界の[探偵]は、「死者の代理人」としての任を負い登場するが、本作のバ―トルビーは「死者としての探偵」による、探偵小説[以前]かつ探偵小説[以後]の時空に存在するキャラクターである、と分析している。(91ページ~)

 

 

ドゥルーズと狂気 (河出ブックス)

ドゥルーズと狂気 (河出ブックス)

 

 

 

北米探偵小説論21

北米探偵小説論21

  • 作者:野崎六助
  • 発売日: 2020/06/20
  • メディア: 単行本