にしのひがしの

作家志望の24歳女が書評とか映画とかの感想・書評を書いてゆくブログ。

5月の鑑賞記録

 読んだ本

切破へ 井上荒野 

→ブログ書き済み

きみがぼくをみつける (サラ・ボーム)

→五月の個人的ベスト本。表現もテーマも何から何まで好みだった。もうなにもかけない。書けないけど一番好き。直感で買ってよかった。

大家さんとぼく 矢部太郎

→受賞のニュースで、すごく嬉しそうにしてたのが気になって。個人的にこの距離感は苦手なやつだったけど、大家さんの昔語りを喜んで聞いている矢部さんはいい人。いろんなことが苦手な感じが、のび太くんみてるような微笑ましい気持ちになる。

罪と罰1(光文社古典新訳) ドスト

TOKYO FM「人生に、文学を。」の又吉ゲスト回を聞いて。キャンベルさんが「又吉さんの主人公はすごく歩きますね。こんなに主人公が歩く作品は滅多にないですよ」と言っているのをきいて、自分の中で歩くといえばラスコーリニコフな記憶があって読み直したくなった。やっぱり彼もかなり歩いてる。1−2部(この巻収録分)は読んでいたらしく、覚えがあったが、さすが新訳なだけあってずっと読みやすい。あんなに分かりづらかった議論が、等身大の若者の会話として入ってくる。馬の場面はやっぱり痛切。ラスコーリ二コフとラズミーヒンのコンビは陰と陽感があってとてもよい。

恥辱 クッツェー

→重厚な読後感。恥辱に対して人はどう向き合うかというのがテーマだろうか。主人公がセクハラで処分されてもあまり反省してなくて、開き直ってるのが人を選ぶと思う。美しい女以外の存在価値がわからないとか言ってるし。ただ後半の怒涛の展開と試練から、彼の中で、わかりやすいかたちではなく、生命とか、孤独とか、苦悩とか、そういう「何か」への畏れ?のようなものが芽生えてくる。読み終わったときの感情を忘れたくない。年取ったら読み直したい。

水いらず サルトル

気になってた大学生のとき読まなかったの後悔した。体と精神がかけ離れてゆく感覚、醜いからだのなかでのたうちまわるしかない感覚に共感する。剥離していく。表題作、「壁」、「エロストラート」、「一指導者の幼年時代」みんな好き。でもとりわけ女性視点のお話がいい。サルトルボーヴォワールの映画をみたことがあるけど、こんなに女心を書ける人には見えなかったなあ…。哲学的な主張?も入ってるんだろうけど、それ以前に小説として、空間や世界観として好き。

オーディオブックで聞いたやつ

泥棒 夏目漱石

→日常の断片を切り取った感じで安心して聞ける。文豪の生活の一コマ

I can speak/ 待つ 太宰治

2話とも空虚感がとても好きだった。虚しい、哀しい。

夜長ノート 種田山頭火

種田山頭火ってこんなくらいこと考えてる人だったんだ、てなった 好きだ

 

見た映像

ナイトクローラー→記事書いた

ネバーランド→微妙だった、こういう厳しい祖母キャラとか母キャラの魅力がわからなかった、夢を信じることと現実を受け入れないことは違うのでは?ってずっともやもやした 子供を子供扱いすることが親の仕事じゃないと思ってしまう

ノルウェイの森記事済み

Scoop!福山雅治がひたすらチャラくてリリーフランキーがとにかく怖かった。二階堂ふみがずっと好きになれない。邦画の変わった女子ってだいたいこの子なのに。吉田羊は好き。

墓場鬼太郎(アニメ)→やっと完走できた。ブリガトーンが唐突すぎて話飛ばしたかと思った。幽霊電車と吸血鬼ジョニーの話が好き。妖怪いっぱい出てくると楽しいね。会話や展開の外連味がいい。

最終話の唐突な演出は嫌いじゃなかった。「死ぬのも・地獄へいくのも悪くない」で終わるのが鬼太郎らしい。ねずみ男って不老不死なんだね、それであのヒゲが不老不死の秘密なんだなあ。やっぱり地獄と人間界を自由に行き来できる妖怪は羨ましい。妖怪になりたいなぁ

八日目の蝉→数年ぶりに2度目を見た。前見たときは娘の視点でしか見れなかったけど、もうすぐ25歳って年で見ると希和子の気持ちがよりわかった。安っぽくなるのがいやなんだけど泣いてしまった。男の人がみんなくずでひどい。

 

好きな話をずっと突きつめると好きとかツボとしかいえなくて困ってます

そこまでじゃなきゃさらっとかけるんだけど 難しい

六月はとりあえず、犬が島と勝手にふるえてろは見たいです

それと、普段の読書と平行してなんでもいいからなにかおはなしのようなものを書きたいなぁ

 

 

女性の性についての映画〜「ノルウェイの森(2010)」感想

 

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原作:村上春樹 監督・脚本:トラン・アン・ユン 主演:松山ケンイチ

★★★★☆

 

やっと観ました。
レビュー見ると結構酷評多いですね。ハルキストとか、ノルウェイの森がすごく好きって人とかいて、原作とは比べものにならない、って結論が多い。コアなファンほどう〜んってなってる感じ。
私は、原作は10年くらい前に読んだかなって感じでした。それが却って良かったのかもしれない。ほどよく思い出しつつ、ほどよく新鮮に見れて。それに、当時中学生でまだ理解できてない点が多かったので、色々と新しい発見がありました。
評判より良かったです。あの上下巻を二時間でこれくらいやれたのはすごいと思うなー。
ポスターだけ良いのかなーとか思ってたけど、全編がポスター並み、それ以上の美しさでした。変にいやらしさがないのも良かった。最近気付いたけど、スローモーションとかこままわしとか苦手だ。
それでも、原作との齟齬を感じた点を書いて見ると。
・朝はやく起きてラジオ体操とかしてる極右(だっけ)のルームメイトはもうちょっと詳細あってもよかった、あのキワモノ感結構好きだった。
・永沢は無理があるw いや原作も充分こんな学生いないよって感じだったけど見た目からしてイタめのおっさんやん。。
・あれレズビアンっていうシーン削っちゃうんだ。でもじゅうぶん匂わせてたか。
くらいかな。
あと高良建吾いっつもこういう役な気がした。苦役列車の印象なのかなあ。ちょっとバタくさい顔立ちと、クリーンな雰囲気。
キャラ別に感想メモを書き出します。

■直子
 ずっと「私」「私」っていってるなあって思った。「わたしなりに感謝」とか、「わたしを傷つけたのはわたし自身」とか。視野が狭いね。視野が狭くて…自分だけでいっぱいいっぱいな感じ。精神病んでるというのはわかるけど。
うめき声とか泣き声がどんどん獣じみていくのがよかった。こう、何だろうね、こういう子いそうって思った。

■緑
 水原希子すごくハマってた。昭和レトロないでたちがとても似合う。濃ゆいレトロ感がオードリー・ヘップバーンみたいだった。スクール水着着てるとこはフランスの女優みたいだった。
ちゃんと口開けて喋ってくれないから何いってるかわからないところがあったけど、存在感が良かった。全能感というか、女王様というか、肉食系っていうか。
「愛してあげるの」ってところとか、自己中で。それがこの子の本質なのかなあとおもうけど。彼女は彼女なりに父親とかに抑圧されてて、振り切って生きようとしてる感じがした。

■ハツミさん
すごく印象的だった。緑と同じくらい雰囲気があっていたと思う。
成熟した女性だけれど。
シーンの後に「自殺した」ってことだけしか書かれない、情報量の少なさもいいと思った。余韻がすごかったから。
ナイーヴなひとだったのか。

 

■ワタナベ
マフラー似合うのでずっと巻いててもよろしいと思う。
すごくジェントルに勃起っていうのがちょっとおもしろかった。
ワタナベはなんでこんなに直子に惹かれるんだろう。見えてる沼な感じなのに。
病んでる女性に惹かれる男性、っていうので、「きいろいゾウ」のムコさんを思い出した。彼も小説家って設定で、ベビーフェイスで、マフラーやダッフルコートがよく似合う男性だった。それに、そういえば、あの病んだ女性の名前は緑だった。

 

■レイコさん
ワタナベと寝る前がすごく若くて艶やかに見えた。シーンごとに、その女性が映える色味の光を当ててるのかな。
原作読んだときも、なんでレイコさんとワタナベが寝るのか理解できなかったけど、やっぱりよくわかんなかった。「私がとらわれていたもの(?)」ってなんなんだ。レイコさんも患者らしいけどなんの精神疾患だったのか映画だとわからなかった。ほとんど直子のお世話係みたいだった。
ちらっとレビュー見たら、死の世界から生の世界へ〜みたいなことが書いてあったけど、もっと実感として、なんで寝たのか。多分、セラピーのようなものとしてのセックスなんだとは思う。直子の喪というか、弔いというか。
レイコさんが直子とくっついてるときの、ベタベタした雰囲気はちょっと苦手だった。女同士のああいう、三人目を排除するような雰囲気は苦手だ。ワタナベはよく平気だなと思った。

 

ーーーーーーー

 

直子と緑って正反対で、レイとアスカみたいだなって思った。
女の子が欲望むき出しで好きだった。「私あの時すごく濡れてたの」とか、「今度ポルノ映画に連れってくれない?」とか。なんていうか、そういうことって言えないから、苦しむっていうか。そういうことってあると思う。
ワタナベがなんでモテるのか、緑との電話のシーンでわかる気がした。緑が「ワタナベくんって優しいね」っていったとき、私も「ワタナベって優しいなあ」って思ってた。
ワタナベがなんで優しくみえるのか。女の子の欲望を否定したり利用しようとしたりしないからだと思う。鼻につく言い回し(直子に「ねえその、勿論っていうのやめてくれない?」って言われたときちょっと笑った)も大目に見てあげられる。

彼は勃起する。でも勃起するだけで、欲望を覚えてる女性のことを、征服したり、その体を使って自分を満たそうとしない。緑的にも、そんなことはされたくない。でも、自分の欲望を聞いてひっそり興奮してくれてるのは、ちょっと嬉しい。そういうことってあると思う。
直子との初めてのときはわからないけど…。でも、あれが彼女の心を毀してしまったなら、それを悔いるのは当然のことだよね。だから彼はそういう態度を取ってたんだろうか。
でも、「場所わきまえてくれよ…」って緑に言ったときは幻滅したし傷ついた。何でワタナベはそんなこと言えるんだろうって思った。ワタナベのそういう面を信頼してたのに、何なん、と思った。何で彼はあのときああ言ったんだろう、言っちゃいけないことばのはずだったのに。あんなスカした感じのくせに、今更TPOとか気にするんか。ダサい。

 

うまくまとめられないけれど、見ていて「ノルウェイの森」って、男性視点だけど女性のための話だって気がした。女性の性の話なんじゃないか。


直子とワタナベの最初のベッドシーンを見てて、「セックスって体のなかに侵入(はい)ることなんだな」ってふと思った。直子の大きなうめき声を聞いて。苦しげな。女の人は体の中に侵入されて身ごもって、体の外に排出して出産する。それってどういうことなんだろう。重すぎる大きな荷物だって人もたくさんいるんじゃないか。でも逆に、それってものを食べて、おしっこやうんちを出すのと何が違うんだろうとも思う。

ラストの「僕は今どこにいるんだろう」は、通して感じてきた空虚感みたいなものを口に出した感じがして、おかしいとは思わなかった。色々な意味で、今どこにいるのかわからなくて、わからないし、わからないでゆくのだろう。直子と、キヅキの穴を塞がれないまま。

英語学習挫折した方に〜NetFlixで「リトルウィッチアカデミア」を英語字幕・英語音声で見るのはオススメという話

こんにちは、にしのです!

今回は珍しく英語の学習法についてです。備忘録の意味も込めて書いておきたいと思います。まあ、タイトルの通りなのですが、個人的にはすごく自分にあってるなー!と思うので、参考にしていただければと思います。

自分の英語スキルはセンターレベルです。精読はちょっと授業でやりましたが英会話とかwritingは全然ダメです。

ここ何年か私がやって挫折した英語の勉強として、主に

があります。みんなそれなりにやってみはしたんですが、できなかったんですよね。できないというと語弊があるけれど、とにかく習慣として根づくまではいかなかった。その分析をちょっと書いて見ます。

 

TOEIC

・わからないことがありすぎてとにかくつらい
・そもそもビジネスとかニュースとかそこまで興味がない。終わりが見えない。
・テキストたかい
・勉強!!って感じでなかなかやれない

 

洋ドラを見る、洋画を見る

TOEICであがってた「勉強!!」って感じを解消しようと頑張って何個か見てみたんですけど、これもいろんな理由でダメでした。

・とにかく長すぎる(一話を見て忘れないうちにもう一度見る気には到底慣れない、疲れる)
・内容が複雑すぎる(伏線とか人間関係とかが複雑で、日本語字幕とか吹き替えで見てもわかりにくい。英語で見たらなおさらついていけない)
・会話が難しすぎる(普通の日常会話が早いのもそうだし、特に皮肉っぽい言い回し、スラング口語表現が理解不能。英語文化圏独特のニュアンスが汲めない)
・専門用語がががが(法曹用語、犯罪用語、医学用語、IT用語などなどが無理)
・上2つの結果として続きが気になるのに今見てることが全然解らなくてイライラする、楽しめない

特に「ウオーキングデッド」とか「プリズンブレイク」は色んなところですごくおすすめされていて、何回か挑戦したんですけど。暴力表現が多いし、内容が重すぎて気軽に見れない。緊迫した雰囲気だけで疲れちゃうところがありました。
洋画も、理解不能なものを一回二時間かけて英語で見て、また日本語で見直すっていうのはすごく非効率的な気がしちゃってだめでした。それに、映画のジャンルにもよるんですが、アクションが多いとあんまり言葉が出てこなくて、英語の勉強としてはどうなんだろう、と思ったりとか。


TED

「長い」っていうハードルは厳然としてあります。あと「内容が難しい」っていうのも。
他には、
・自然科学とかは多いけど、私が興味を持てる文学の分野のスピーチはあんまりない。
・聴衆が笑ってるのに全く笑えないときの地味な疎外感。
・個人的な考えが話者と違ってる時につらくなる。

 

洋書多読スクリプト

Oxford Bookworms Library

Adventure of Huckleberry Finn、The Cather inte Rye、The Picture of Drian Grayなどを読みました。感じたのは、楽しくないなあ、ってことです。こういう本って単語の数を減らすために書き換えられててて、そのために同じ単語が何度も何度も登場しています。ただそのために表現が一辺倒で、読む楽しみがなかなか感じられない。学術書なんかはこれで読みやすくなっていいのかもしれないけど、読書に表現の多彩さを求める派としては楽しめなくて、これなら原書のほうが楽しめるのでは?って思いました。

 

洋書

最初は全部辞書を引いてて、悲しくなってやめました。次に精読はダメと聞いてひかずに読んで見たんですけど、混乱するだけでやめました。今思えばレベルが合ってなかったのかもしれない。
そのほかの理由としては、
・「洋書を読む」という気構えが毎日集まらない
・わからない単語が気になってつらい
・訳書がないと、わからないところがくると止まる
・訳書がある場合も、照らし合わせた自分の理解からだいぶ乖離しててショック
・どうしても訳書が「答えの本」的な扱いになってきて、正解が一つしかないって感覚になるから、自分で読解する楽しさがなくなる
・子供向けすぎても展開が読めてつまらない
・Chapterが長いとなかなか区切りがつけられない
などがあげられます。

特に『嵐が丘』の原書が死ぬほど難しくてつらかったです。。訳書だと幾分冗長だけどすらすら読めるのに。日本語だと激低のハードルが英語では激高すぎて、いちいち自分の英語力のなさがわかってきて、嫌になってしまいました。

 

スクリプト(台本)を読む

これやれてる人はすごいと思う。Mr. Robotっていうドラマのスクリプトをちょっと読んだんですが、映像と洋書の悪いとこどりみたいな感じが否めなかった。

 

ポッドキャスト

読んでわからないものが聞いてわかるはずないよね。。
結局リーディングの問題になってきてしまって、そうなると止まります。耳とか語彙の問題もあるから、いきなり豪速球のボールを投げつけられてる感じでワーーーってなる。あと、スクリプトが公開されてないものが圧倒的に多いので、答え合わせができない。聞き取れなかった単語の確認ができない。


こういう感じで何年間か心折れてきました。


そういうなかで、こないだから始めてみた、日本のアニメを英語吹き替え英語字幕で見るっていうのはすごくしっくりきて感動しました。

  

そもそものきっかけは、普通に「少女終末旅行」をアマゾンプライムで見ていた時です。間が長いし、会話も簡単だし、これって英語教材にちょうどいいんじゃないか?ってふと思いました。生憎「少女終末旅行」の英語版はなかったし、北米版DVDとかも出されていなかったんですが、「じゃあ他に英語で見れるのないかなあ」ってNetFlixを探しました。
それであったのが「リトルウィッチアカデミア」です。他にも「東京グール」「キルラキル」など大型タイトルが配信されているようです。

 

ei-raku.com

 

でも、この中でも「リトルウィッチアカデミア」は、英語音声にしたときの「わざわざ英語で見てる」感がなくて良いと思うんですよね。そもそも英語圏が舞台の話だし、世界観とキャラデザ、英語しゃべりがすごくしっくりくるんです。
キルラキル」なんかは日本語で見たほうが良いところもあるんじゃないかな。言い回しとか落語調だったり、掛詞とかも結構多用されてるし。他にも「ヴァイオレットエヴァーガーデン」なんかは未視聴だけど、海外っぽいし良さそうです。「少女戦記」はちょっと言い回しが難しくて大変そう…。

 

英語で日本アニメを見る

そもそも映像の強みとして、本に比べて、

  • わからなくても勝手に進む
  • ただ見てるだけで話の流れが頭に入る

っていうのはすごく大きいなと思います。文章だと、まず頭が理解してくれないと内容も進展もわからないからそこで止まってしまう。また、音声だと、先には進んでくれるけど、ビジュアライズできないから、ついていけなくて自分の理解が止まってしまう。そこの二つがクリアされている。

ただ、映像でも洋ドラとか洋画だと正直時間が長いし、内容が複雑すぎる。
その点アニメなら一話20〜30分でコンパクトだし、内容も日本アニメに多い日常系ならわかりやすい。想像や予測の範囲内のやりとりで完結してくれるので、聞き取れなくてもそこまで置いて行かれない。わからない単語が出てきても、映像が補足してくれる。

英語のアニメはどうだろう、と思って見てみたときもあるんですけど。
「アドベンチャータイムズ」は、自分にはセリフが早すぎて疲れる&ついていけないっていうのが開始五分で分かりました。英語版→日本語版を見直し見直しでやればいけるのかもしれないけど…。「サウスパーク」も同様で、海外アニメって結構スラング多いし早いんですよね。。時事ネタとか社会問題とかわかりにくいのも放り込んでくるし。難易度は高めな気がする。

それと、日本アニメの大事な点としてはやっぱりキャラの可愛さがあると思います。海外アニメのキャラってやっぱりどこかとっつきづらさがあったりする。気軽に見れる(習慣にする)って点では「とっつきやすさ」って結構大事なんだと思います。
よく英語上達には現地のスクールに通ったり、ネイティブの人との英会話が近道、っていうけど。あれって結局「理解しようという気持ち」が高まるのが大事なのかなと思うんですよね。必要に迫られてであれなんであれ。英語圏の人と付き合うと語学力が上がるっていうのも、「好きな人のことを知りたい」っていう欲求からきたりするのかなあ、とか。
それと同じように、アニメのキャラに親しみが持てると、「この子が何いってるのかわかってあげたい」っていう気持ちが出てくる。食い入るようにセリフを聞いたり、画面を見つめてヒントを探している自分に気づく。「切実な理由」ができるのって大事だと思う。
リトルウィッチアカデミア」はその「親しみが持てる」「とっつきやすい」っていう点ですごく秀逸だと思います。ハリポタを彷彿とさせる世界観とか。海外ドラマだとメインキャラって増えていって、だんだんこんがらがっていくイメージなんですけど、その点、リトルウィッチアカデミアはちゃんと「この3人」っていう安定感がある。キャラづけもある程度定番でありながら、魅力に溢れている。小さい頃に「忍たま乱太郎」を見てた感覚で見れるのがすごくいいと思うんですよね。もともと英語教材用に作られたんじゃ、って思うくらいそのへんがよくできてます。

 

私の見方

私の見方を紹介します。

英語字幕・英語音声でまず見ていく。

だいたい進展は読み取れます。あと、アッコの言ってることはほとんど英語のままでわかる。だいたい何を言いそうなのかも予想つくし。スーシーが結構難しいです。ちょっと皮肉っぽいからかなあ。ちょっと声が低くて聞き取りづらいですね。ダイアナとかの秀才キャラや先生方の早口とかはだいたいよくわからなくて見返します。ざっくりいってることはわかるけど・・・みたいな。子供のときに戻ったような感覚がします。
Netflixの場合、英語字幕と英語音声が同じ内容ではないんです。英語字幕は日本語字幕を英訳している印象です。
でもそれが逆にいい気がする。耳から入ってくることと目で見ている文章が一致していると、なんだか「待ち」の部分が出てきてしまう気がしていて。「出てきた文章を読み上げられるのを待っている」みたいな。でも、微妙に違うので、「理解して読もう」「理解して聞こう」ってすごく頭が英語に働きかける感じがします。聞いてわかる言葉でも、違う表現が字幕で出るので勉強になるし。異なる言い回しを一度に2つ摂取できるのはなかなかないと思う。

 英語字幕・日本語音声で見直す

 わからない単語とかセリフがある程度溜まってきたら、場面単位で見直します。日本語字幕と英語字幕、英語音声と日本語音声、どれがいいかちょっと悩んでたんですけど、英語字幕・日本語音声に落ち着きつつあります。字幕だとどうしても文語表現になるっていうか、直感的に口語にならないところがある。日本語でこういうときは、こういう表現になるんだな、と英語文で学べるのがいいですね。英会話的な勉強になると思う。でもこれは「リトルウィッチアカデミア」のオリジナルが日本語だからこそかもしれないですね。英語版と日本語版の声優の聴き比べもできて楽しいです。個人的にアーシュラ先生は英語版のほうがいい声してると思う。素敵。

ほとんどこの2ステップです。あんまり見返しすぎちゃって飽きない・覚えないようにしてます。楽しさ重視でやるのが自分には続くなと思ってます。
また、わからなくてもなるべくコマ止めはしないようにしています。文章と違って「止まらない」のが映像の良い点だと思うので、切り刻まないほうがいい気がするというか。
話の展開がわりと単純なので、見進めていけばだいたいここでこういうこと言ってたんだな、っていうのはわかるし。もしわからなくて見直したときも、ある程度タイムラグを作っておく(もったいぶっておく)ことで、「・・・なるほど!」感がキモチイイ感じがします。
難易度も、平均して1話に3シーンくらい見直したいところがあるって感じなので、個人的にすごくいい難易度だと思います。飽きず、うんざりせず、楽しめて見れるので。

それと地味にオススメなのは、見終わったあとにネットのまとめでその話の感想を見ることです。普通の英語教材なんか目じゃないほどいろんな人のいろんな意見、感想を見ることができて、すごく楽しいです。ここまでスキットを掘り下げて楽しめるのってなかなかないんじゃないかと思います。

英語の学習に悩んでいる方がいたら、ぜひ試してみてください。私と同じくらいの英語力であれば、勉強になるかもしれません。
自分的にはすごくヒットだったので、とりあえずこの方法を試しつつ、「リトルウィッチアカデミア」を完走したいなと思います。

ではでは、ここまで読んでいただきありがとうございました!

井上荒野『切羽へ』感想

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(2008年 第139回直木賞受賞作)

 

読みました。

ずっと「せっぱ」だと思って読み進めてたんだけど、「きりは」って読むんですね。切羽詰まる、の切羽ですよね。意味は同じなのかな。

解説が山田詠美さんで、昔好きだったのでそれもあって読みました。

でも、「切羽」の解釈がちょっと私が思ったのと違ってました。

作中で説明されるんですけど、トンネルを掘っていく一番先の部分、を切羽というらしい。私はトンネルは片思いのことなのかなって思った。思いが届いてしまったら開通して、トンネルは完成してしまう。でも、掘り進めていく、つまり、向こう側に届くまでの過程にあるもの、過程にしかないもの、を切羽って表現しているのかなあと。有り体に言えば切なさだとか孤独だとか、そういうものなのかも。「トンネルを掘ってる途中の、どこにも行き着かない状態の場所」という意味だから、完璧につながらないとか、融合しえない、とか、そういう哀しみ、切なさのようなニュアンスなのかなって。

でも、解説はちょっと違うように思った。ぼわりと書かれてるけど、ちょっと違う角度の解釈のように感じました。

この本のレビューには、「大人の」とか「官能的」とかそういう文字が踊っている。ヒロインも、ヒロイン(セイ)の女友達(月江)も、しずかさんという古馴染みのおばあちゃんも、実際会ったら、みんな色気を纏っているひとだと思う。語り手であるセイは、感受性が強くて、ふいに感じたことや、何かについてもの思うときの表現や言葉がありふれていない。無垢というのとはちょっと違うような気がするんだけど……詩的な感性の、センシティブな女性なのかなというのは伝わってくる。自分のことを、「弱々しいぶんだけ狡賢い小さな動物みたい」と感じてみるところとかね。

ぱっと見た印象として、なんだか靄がかっているかんじがある。こういうヒロインの視点だからなのかもしれない。それとも、解説でも指摘されている、井上荒野さんの「書くことより書かないことを大事にしている(あえて書かないことで匂わす?)」という特徴ゆえかもしれない。そのふたつは入り混じってるのかも。その感性がそういう文体を選んだというのか。

正直に書けば、自分にはちょっと合わないところがあった。素晴らしい小説、といえないような。それを突き詰めていくと、女性の本性は女性なのか、という個人的な疑問につながる。つまり、女性は産まれた時から女性なのか。性的に見られて、女性に成るのか。これは男に置き換えたっていい。男は産まれたときから男か。女性から男とみられて男となるのか。

この小説のムードとして、常に男性の存在を意識して生きてる女性というのがある。これは、ヒロインの立場ーー生まれ故郷の小さい島で、夫と仲睦まじく暮らしながら、保険教諭として勤めている小学校の新任教師(石和)に惹かれるーーからも来ていると思う。小さな離れ小島、狭い世界で、夫に身も心も愛されながら、違う男を好きになる、という…非常に「女」を意識するような環境。

セイの感性はおもしろいと思う。表現もきれいと思う。でも、違和感があった。こんなどっぷり頭から香水を被ったみたいに、ひとって「女」かなあ、みたいな。ジェンダーとかフェミニストとかそういうわけじゃなくて、素朴に、人間って、男と女の部分って誰しも持っている気がするんですよね。「男性らしい」とか「女性らしい」って、性別の「男」「女」からきているんじゃなくて、感性というか、考え方というか、状態のような気がする。そうじゃないと説明できないことって多い。男の人がみんな、勇ましいわけでも、自立しているわけでもないし、女性が全員、優しいとか、おとなしいとかいうわけでもない。四六時中女の人も、男の人も、いないんじゃないかな。

そういう意味で、この小説の世界観の「どっぷり女」感は入り込めなかったふしがあった。

でも、この「女」視点ならではの光っているところもある。

石和への形容が独特で面白かった。優しくて物静かな夫と、ぶっきらぼうで何を考えているのかわからない石和。穏やかで静かな自分の生活に現れた、異物としての存在、「何こいつ」っていう感じの「男」を、沁み沁みとした目で、自分なりに感じ取っている(感じ取ろうとしている)ところが、よかった。その視点で進むから、読者も、読んで識っていくというよりは、匂いを嗅ぐように、石和を推測していくところがある。石和がついた嘘の意味も、理由も明かされない。外観をなぞっていく、外縁をなぞっていくというか。なんとなく、島民たちが、遠巻きに石和や月江さんを見守っていく感じとかぶる。だから、この話を読むスタンスとしては、島民のひとりになる、というのが近いかもしれない。干渉もしなければ、指図もせず、ただ眺めている。船が波に揺られるのをみているような感覚。

あと、やっぱ独特な気がするところについても書いてみる。人妻が夫以外の男に惹かれていく話ってよくあるけど、でも、それって夫への不満とか、飽きとかが引き金になることが多い気がする。凡庸な生活に刺激を求めて、とか。でもこの小説は、そういう節でもなさそうで不思議な感じがした。動機がぼんやりしているのに、進んでしまう。

夫への不満などなにひとつないのに、それどころか非常に愛されて、満ち足りて、幸せで毀れそうな印象すらあるのに、石和のことが放って置けない。最初「贅沢な話だなあ」と思ってみてたけど、途中から、これは報われないのだろうと悟った。だから、贅沢というよりは、単に無益な行為だな、と思うようになった。

石和は明らかに好きになっちゃいけない人感がある。あきらかに破裂するだけの恋だと感じる。というか、恋心、とちゃんといえるのかも少し不明なところがある。解説では「熱烈に愛し合う男女」と言ってるけれど、石和からセイにも、セイから石和へも、そういうニュアンスにはおさまらない不完全な思慕を感じた。恋とも執着とも違う何か。もしかしたら情(じょう)に近いのかもしれない。地面の下を流れる水のような。

また、石和と同じくらい、夫の描写にもページが割かれる。彼も寡黙といっていいくらい自分の気持ちを口に出さない人間で、その性格を読み取るのも難しい。セイを心から愛しているということはわかる。セイと繋がり合ってはいるということも。けれど、夫がいなくなれば自分は孤独だ、とセイが泣く部分もあり、満たしえぬ欠落を感じ取っている。夫はそれに対して表面上は戸惑うだけで、特に何のリアクションもせず、ただひたすら海のようにセイを包み込む。終盤石和とセイが二人きりでいるところに出くわしもするが、そこでも、直接的なセイへのリアクションはない。(ただ、気づいていないはずはないだろうと思う。)夫が静かすぎて、霧がかかった向こうのように、彼の心の動きがなんとも読み取れない部分はある。ただ、なんでも「隠そう」というのが井上荒野さんの書き方ならば、この夫がもっとも小説の核心にあるような感じもする。

なので、セイの本当の相手というのは、石和というより、夫ではないかと思ったりする。

(5/6 書き直しました)

 

 

 

 

『高い城の男』 P.K.ディック 感想

 

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頑張って一週間くらいで読みました。読みましたけど。

論点というか、主眼はどこなのか混交している印象が強い。ぼやけている。

ヒトラーとかユダヤ人のことなのか、易経のことなのか、政局のことなのか、戦勝国敗戦国間の人種的軋轢のことなのか、謎めいた小説・パラレルワールドについてなのか、絶対悪のようなものについてなのか。ディックが書きたかったのは、たぶんその全てが犇めく、混沌とした世界観、なんだろうけど。

この作品は、何かこう、作品全体がひとつの大きなまとまりをもって、確変を起こしていくんじゃないと思う。

ひとつひとつの事件は確かに絡み合い、ユダヤ人であるとか、易経であるとか、危うげな要素が、それぞれの人物の視点に顔を出している。でも起こるのは、ばらばらな小事件に近い気がする、予告に始まって予告に終わるというか。

易経と、あとは、『イナゴ身重く横たわる』ていう「小説」が支柱になっている。『イナゴ〜』は、この作品の世界、第二次世界大戦でアメリカ側が負けて、日本・ドイツが勝利している世界で出版された、もしアメリカ側が勝利していたら、という設定に基づいた詳細な小説。『高い城の男』は、この現実世界のパラレルワールドなわけだけど、さらなるパラレルワールド(現実世界)が、語られる。そういう構造になっている。

題名の『高い城の男』というのは、その小説の作者が、政府からの摘発を恐れて住んでいるとされる城。たとえば、そこに棲む、半ば狂った預言者のような、異界者のような男との対面がクライマックスなのかーーというと違う。それを期待して読んでたんだけど。案外普通の人のような作者から、その「イナゴ〜」は、易経を元に書かれたという簡単な説明がなされるだけ。

多分易経が味噌なんだと思う。でも、易経が生きているか死んでいるかといえば、多分死んでいる。易経は予言とか託宣とか、そういうものらしい。登場人物たちは結構盲目的にその易経を信頼していて、その託宣は謎めいてはいるけれど外れることはない。登場人物は生きて動くけど、易経は動かない。人格も感情ももちろんない。そこに何だか少し「あれ?」感があった。

「こちらの世界は間違った世界だ〜」みたいな文章が出てくる。絶対真理を指す易経にしたがって書かれたのが「イナゴ〜」だとしたら、それに反した『高い城の男』の世界はたぶん間違った世界ということなんだろう。

この小説の《テーマ》は一体なんなんだろう。小説全体で訴えかけられていることは、なくて、パーツで訴えかけられていることがあるような感じ。でも、なにか一方向に向かって進んでいく感じ、何かと何かを区別して分離させたいような潮の流れはあった。小説をめくり直して考えてみると、それは、私の言葉でいえば、「嘘と本当」だろうか。古美術商と贋作品。偽りの身分と実際の立場。建前と本音。あるべき世界と間違った世界。本当の歴史と、間違った歴史。

ヴァリス』のほうが作品としてはわかりよかった気もする。書いてあること自体は、狂人が書いた聖典のウェイトが多いし、視点が分裂するから意味わからないし、プロットも暴走気味だったりするけど、でもテーマ性はストレートではあると思う。

高い城の男はそのほかの設定を練って作り込みすぎた分、主題のピュアさじゃなくて、煩雑さ、読みづらさが出てしまった気もする…かも。

でも、ディックの小説はいっつも出だしがいい。初っ端の一文でどきっとして惹きつけられてしまう。生活描写がいいというか。精神病患者の女性遍歴でも、第二次世界大戦でアメリカが負けた世界で、日本人向けのアメリカの古物品を売っている店主でも、バウンティーハンターでも。始まり方が、精巧で魅惑的な世界が広がっている感じ、匂い立ってる感じがある。広大な世界設定とか、全知全能の存在とかがディック作品のテーマになってるけど、私は、むしろ生々しい心理描写とか、微細な表現とか、人物や生活のえがきだし方に惹かれる。『高い城の男』でも、政治高官の田上や企業代表役のバイネスより、小市民のジュリアナやフリンクが好きだ。それと、田上やバイネスのシーンの訳文の読みづらさは結構すごいと思う。原文がどうなってるか分からないけど、二行の文章で四字熟語が四個くらい出てきたりする。難しい敬語を使う場面が多いせいなんだろうな。

 

このへんで終わります。お読みいただきありがとうございました。

最近、読書メーターをまめにつけてます。よかったらよろしくお願いします。

bookmeter.com

 

 

 

 

「ナイトクローラー」ゆる感

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ナイトクローラー:★★☆☆☆:

 

ダン・ギルロイ監督 ジェイク・ギレンホール主演/米
インディペンデンツ・スピリット賞 脚本賞・新人作品賞受賞

 

見ました。

最初は高卒の与太者が天職見つけて成功するサクセスストーリーなのかと思ったけどちょっと違いました。じわじわと主人公のパーソナリティがわかって来て怖い。

アシスタントの男の子が徹頭徹尾不憫。悪いことしてないのに…。

ポスター改めて見て、「人の破滅の瞬間に現れる」が基本コンセプトなら、もっとその面を如実に押し出していっても良かったのではなかろうか。破滅の瞬間を撮っていく、というよりは、人に教えられたとおり、集目性のある事件や事故の写真を追い求めていくことに焦点が当てられていたような…。

もっと死神のような不吉なイメージを出したほうが、個人的には好みだった。

基本的に主人公無双な感じのお話。でも、あの人は寝ちゃいけなかったと思う…。

「アンタの人格は最低だけど、腕だけは確かよ」みたいなスタンスでうまく付き合っていけなかったものか。最初のサバサバ女上司感がよかったんだけどな。最後にはすっかり主人公に陶酔しちゃって、「彼がみんなを成長させたの」って言っちゃうのもなんかな〜って思った。

なんというか、普段悪役側がやっていることを主人公の人がやって、因果応報でもなく、成り上がっていくみたいな感じ。王道を裏返したのが受けたんでしょうか。アカデミー賞ノミネート作品らしいし。

 

ちょっとぐぐったら、前田有一さん?のブログでは、

エスカレートするテレビ局の視聴率至上主義への批判

・ブラック時代の成功マニュアル 

の二要素、特に後者が受けたのではないかと書かれていて。起業して一攫千金を夢見る人には結構響く映画だった模様。

[…中略]

そこにこの映画のもっとも優れた問題提起がある。サイコパスでなければ成功できない、そんな世の中を作り上げてしまった私たちへの、これは痛烈な批判である。

ルイスの行動力や抜け目なさは本当に格好よいので、思わず共感してしまうところがまた恐ろしい。明らかに人間的に間違っているルイスは、現代では目指すべき成功者の資質を誰よりも持っているというわけだ。

はたしてこれをみても、気軽に若者たちに起業しろといえるのかどうか。起業とはここまで覚悟し、大切なものを捨て去る覚悟がないとうまくいかないよと、この映画は言っている。そしてそれは、私が思う限り間違っていない。

 (http://movie.maeda-y.com/movie/02019.htm)

 

 私はあまりピンとこなかったかな。でも、退屈しないで最後まで観れたので良かったです。展開にはあまり納得いかなかったし、取り立ててよい映画とも思えなかったけど。

マイク・ギレンホールはいろんなところで褒められてるみたいなので、機会があったらちがう映画も見たいです。

 

 

 

『骨を彩る』彩瀬まる 感想

読みました。

 

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:★★★★★:

 

今やってるAmazon Kindle幻冬舎文庫セールで324円で買いました。あ、でも、Kindle版は解説がない(最後まで読んで知った)というがっかりポイントがあります。。解説だけ図書館とかで読むなりでいいって方はぜひぜひ。

凄い良かったです。文章力のある作家だなあって思いました。

台詞回しも自然でわざとらしくない。「主婦」「夫」「子供」みたいなラベルの上からキャラクターを作るんじゃなくて、括弧に収まりきらないような感情とか、計算とか、生き辛さを焦点にして書かれています。

最近「少女」を記号で書いてる作品多いですね。アニメとかならそれでいいけど、小説としては、もっと生々しい生き物として読みたいなと、わたしは思う。

「美少女」じゃない、ただの「少女」が生きてるところがみたいなと。

オムニバスなのかな、以前の話にちらっと出てきた人が主人公になっていきます。ひとりひとり生きづらさを抱えていて、その瑕疵が描かれる。

全体的に読み味がきれいで、読みやすいと思います。共感できるかどうかが鍵なのかな。作者は女性の、片親の方なのかなってちょっと思いました。

何気ない比喩や表現がすごくいいです。 高校生の女の子が、初めて告白された男の子のことを「水の味をたしかめるように」、嫌いではない、と思うとか。男性視点で、ラブホに一緒に行った彼女のことを「温かい体を光らせている女」と書くとか。

特に《古生代のバームロール》と《やわらかい骨》では、女子間の、どうにもやむにやまれない奇妙な感じ、緊張感がそこはかとな〜〜く出てる。女子の残酷さとか、弱さとか、カーストにちょっと馴染めないんだよなって感じとか。表面はまあ普通のやりとりだったり、言葉だったり、間柄だったりするんだけど、背後には一瞬即発で居心地が悪い、そのわりには容易く消えそうな関係があることとか。

「少女」が可愛いとか、清楚とか、そういう記号じゃなくて、「生きる」って生々しさにぶち込まれて、悩んだり、混乱したり、傷ついたりしている。はしたないほど弱かったり、ずるいくらい生きぎたなかったり、どんくさかったり、聡かったりする。

《ばらばら》では、語り手である女性は、少女時代、義父に対して「お父さんのふりしないで」と言うことで、「義父の一番もろくて弱い部分を踏みしだいている気分」になり、「よく研いだ短剣が柔らかい肉にめり込む手応えを感じた」ことを思い出す。彼女は、同性に対して「百合の花の匂いに似たどことない生臭さ」を感じる。先に露天風呂に入っていた女性にその匂いを感じなかったことから、その人は男性なのかもしれない(ニューハーフ?)と思う。

読んでいて、微妙な感情、感覚、視点のこまさみたいなのが生々しくていい。こう、登場人物たちと膚まで一緒になった感じ、膚まで共有してる感じが味わえます。

この作家さんは、何か、誰か、ある特定の感情やそれを抱いた人たちを救うために書いてる気がする。「普通じゃない」っていう感情かな。

どの話も丁寧に作られて、綺麗でした。表紙絵の雰囲気がよく合ってます。