にしのひがしの

作家志望の23歳女が書評とか映画とかの感想・書評を書いてゆくブログ。

「娚(おとこ)の一生」レビュー

 

 

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原作未読です。あ、一巻だけは読んだかな。逃げ恥の前、のだめの後、ヤマシタトモコと同時期で、大人向けの少女漫画ブームの先駆けだったような。

映画自体の完成度は、60点くらいかな。美術とか、雰囲気とかはすごく良かったです。榮倉奈々も演技が上手くてびっくりしました。豊川悦治は、これはこれで、と考えればいいと思う。監督も特に悪いと思わなかった。脚本というか、映画化に当たってストーリーを編集する人が、ちょっと下手だったのかなあと。
とりあえず事前に文句が出るなと予測できたんじゃないかなって思うのは、展開が急すぎるところですね。海江田の言動に引いてた時点から、夏祭りに一緒に行っただけで、告白OKしてるのが追いついていけない。
それと、やっぱり二時間と言う枠に収めるには物語をなぞるだけに終始してしまうのか、海江田とつぐみのバックボーンがわりと見えづらいですね。海江田にとってつぐみへの恋が、つぐみにとって海江田への恋が、一体どう言う意味をもっているのか、当人の口から語られてはいるんだけど、観客には実感が薄い。

こちらの記事ではその点作者の西さんがはっきりと語っています。漫画では表現されているということでしょう。

 

www.cinemacafe.net

>なぜ、難字「娚」にしたのか? 西炯子氏はこれについて「“おとこのいっしょう”という音が先に決まりました。ところが“男”という漢字では、海江田醇だけが主人公に見える。確かに、海江田が、初恋を忘れられないまま長く生き、一生を終えようとしていたところに再び恋をして、やっとひとりの女性に行きつく話ですが、それと同時に、都会で忙しく働き、男のように生きてきた女つぐみの話でもある。ですから、男として生きていかざるを得ない女性の話であり、男と女の話、という意味で“娚の一生”としました」とタイトルに込めた想いを語った。

ここで言われてる、「初恋を忘れられないまま長く生き、一生を終えようとしていたところに再び恋をする」海江田と、「都会で〜男のように生きて来た女つぐみ」というニュアンスが、映画みてるとあんまり伝わってこないんですよね。お互いとの恋愛の意味がうまく際立てられていないために、物語全体がイマイチぴりっとしないものになってきている。個人的にはもうちょっと時間を長くしてもいいんじゃないかと思いました。そもそも一般受けはあまり狙ってないなと思ったし。原作少女マンガだし当然なんですけど、はっきり女性向けな映画ですよね。そもそもそういうのが好きな人なら、30分くらい引き伸ばされても見るんじゃないかな。

一番、あ、これ、本当に女性向けなんだな、って思ったのは、海江田がつぐみの足を舐めるシーンです。
なんていうか、撮り方が海江田中心で、「若い女性の足の指を舐めるおじさんを見る」っていうのが主眼なんだなーって思いました。
そもそも海江田の方が設定が重いし、性格も複雑で、結構人を選ぶタイプですね。つぐみの方は、祖母が染物屋で、自分はIT 会社で働いてたけど、不倫で疲れて仕事を辞めて隠遁生活、っていう設定はあるけど、結構人格的には薄味、に見えます。家庭に問題もないし、料理もうまいし、結構モテるし、何でもそつなくできちゃう。言ってしまえば乙女ゲーの主人公みたいな感じで、ちょっと没個性的な人物でもあります。ゲームでは、プレイヤーが主人公に自己投影しやすいようにそうなっているんですが、こっちも同じような意図があるのかな。
海江田がつぐみに惚れた理由っていうのがよくわからないんですよね。可愛くて、自分を大事にしていないところがあって、料理がうまいから、なのかなあ。反対につぐみが海江田に惚れた理由もよくわからない。序盤はつぐみに共感して、海江田に「何この図々しいオッサン」って思って見てるので、急につぐみが海江田とくっついちゃうために置いてきぼり感が拭えない。
でも、好きになった過程とか、気持ちの揺れ動きを表現できてない? しない?映画ってすごい多いですよね。やっぱりすごく難しい描写なんでしょうか。…それとも単に私が感じ取れていないだけなのかな。
結果的に、つぐみが仕事を辞めておばあちゃんの染物業を継ぐ、って宣言する際に「貯金あるし。なくなったらスーパーでパートでもする」って言ってるのも、ちょっと海江田をアテにした言葉のような気がしちゃって。渡りに舟感が出ちゃってるのがイヤですね。そんな簡単で大丈夫なのかな。個人的にはフリーでWeb系の在宅ワーカーでもやってるのかなと思ってたのでちょっとびっくりしました。
だからタイトルもちょっと活きてこないんですよね。作者が「娚(おとこ)」なんて当て字まで使ってまで表現しようとしたものがわからなくなってる。「一生」なんて思い切った言葉を題名に使っているからには、そこには照準を当てたほうがよかったような。つぐみの一生って、結局、年上のお金もってるオジサンに惚れられてプロポーズされて結婚しちゃうこと? ってなっちゃうんですよね。この映画だと、残念ながら。

あと気になるのが海江田の眼鏡っすね。特にラストの台風で一番のキメシーンの時。あの眼鏡は……なくしてもいいやつなんだろうか。何個もあるんだろうか。あとそれをいっちゃ野暮なんですけど、眼鏡外すとますます見えなくならんのか。。
結構舞台設定も、主人公の年齢も現実的なんだから、そこは「漫画のお約束」にして欲しくなかったような気がします。

総括すると、豊川悦治に白スーツ決めて、もしくは下駄で甚平来てもらって、隣を浴衣や着物で歩きたーい(はぁと)みたいなお嬢さんがた得の映画ですね。個人的には榮倉奈々が可愛くて色気があったので、そのへんももうちょっと頑張って見せてもらいたかったなあ。最初だけやないかい。あんなに年上の男の人(少なくとも絶対自分より先に死ぬでしょ、お金はあっても。介護とかもあるしさ…)とくっつく葛藤とか、もっと見たかったなあと思います。

田舎の古民家で夫婦で暮らす、って同監督の「きいろいゾウ」でもありましたけど、すごくいいですよね。好きですこの設定。リアルでやるとどうしても掃除とか炊事とか大変なんだろうなって思うけど。年季入った木のテーブルが朝日に反射して蜜っぽく光る感じとか、品のいいうつわに和食が盛られてたり、茶色い縁側を裸足で乱暴に歩いたりとか。そういう光景って好きです。若くて旦那さんがいれば、不便も気にしないでいられるだろうなあって思う。
きいろいゾウ」も見直して、またレビューを書きたいと思います。
今日はこのへんで。ありがとうございました!