にしのひがしの

小説家志望の女が本の感想を書いてゆくブログ。

読んで、訳して、語り合う。 都甲幸治対談集

f:id:hlowr4:20180721015050j:plain

 

読みました。おもしろかったです。

喋ってる内容は結構難しいことなんだけど、話し言葉だからするっと読めて、わかりやすいです。

作家さんとか思想家?さんの対談ならよくあるけど、翻訳者さんの視点からの対談って初めて読みました。海外文学を中心に、現在の世界的な文学の潮流…とか、村上春樹作品の意味…とかが話題にあがっています。

柴田元幸さんなら、多少本を読む人なら大体知ってるんじゃないでしょうか。2000年代の翻訳本の、少なくとも三分の一はこの人が訳している気がする。。都甲さんは、この柴田元幸さんのゼミ生(教え子)だったらしいです。小野正嗣さんとの対談で、都甲さんはよく出来る学生だった、みたいな裏話が交わされています。

 

村上春樹作品の分析が(主に『1Q84』、『海辺のカフカ』、『色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年』)多くウェイトを占めているので(紹介や表紙には書いてないのですが)ハルキストは必読の本じゃないかなと思います。

私は『海辺のカフカ』はとても好きです。それに、父殺しとか、そういうテーマに関心があって、惹かれる小説にもそういうエッセンスがあるものが多い。だから『海辺のカフカ』や「父権」について話されているところが興味深かったし、楽しめました。

「父」「王」「神」という大きな概念の連なりであるとか。村上作品における「父」の不在であるとか。文学史における「父」の扱いの変化であるとか。そういうテーマが刺激的だし面白かった。

 

それと、好感をもてたというか、シンパシーを感じたのが、まえがきの、都甲さんによる各対談を貫いて流れているものについての記述。

本書を読み返してみると、話題は不思議なほど少数のテーマを巡っていることに気づく。自分の置かれた立場に安住しないこと、境界を越えること、そして辛い立場の人に寄り添うこと。経歴も年代も性別も違う語り手が、同じことを大切に考えているのに驚いてしまう。

「辛い立場の人に寄り添う」「立場に安住しない」、「境界を越える」というのは、どれも誰かへと手をのばす、という行為が根底にある。やさしさを伴わない理屈はどれも間違いだと思う。だから、ここを読んだだけで、いい内容だろうなと思ったし、実際いい内容でした。

また、星野智幸さんとの対談では「マイノリティ」について深く掘り下げられていました。(題名も「世界とマイノリティ」)

ざっくりいうと、マイノリティ側に一度立った人間と、そうでない人間とは「認識の形」がまったく違う。自分以外の人たちが共有している前提に対して、苦痛や齟齬をおぼえた人たちが詩や小説のかたちにしたものこそを「文学」と呼ぶ。星野さんはそういう自分の文学観を語っています。

都甲さんも、アメリカの大学院へ留学していたとき、自分がマイノリティであると感じ、辛い感情を覚えていた、ということを話しています。

文学を読むということは、「やさしさ」である、ということが、ざっくりいうと話されている。人の傷への考慮である。個人的には、救いがあって、こういうことを考えてやってる人がたくさんいるなら、日本の文学界もなかなか捨てたものじゃないなあとか、思いました。

読書初心者の方にも読みやすい。現在の世界的な文学シーン、文学の傾向を掘り下げたいという上級者の方も読み応えがある、ハルキストの方にも、英語や翻訳に興味があるという方でも楽しいと思う。万人におすすめできる本でした。