にしのひがしの

小説家志望の24歳女が本の感想を書いてゆくブログ。

進撃の巨人所感&展開予想

※ 123話までを踏まえて 

情熱大陸諌山創の内容を含みます

 

 

 

 


エレンがああいう結論になるのはわかる、はじめから世界への怒り、理不尽への反抗、支配への憎悪で動いていたから、世界が裏返ったところでそこの憤懣は変われない。
徹底的に世界から排他され攻撃され否定される、そこまでないときっと物語自体、作者自身が納得できない。そこから先に何があるのか。その苛烈なまでの裁きを行ったあと、残るものはなにか。ひとりの少年が目覚め、駆り立て、踏みつけられ、滅ぼされる。その先に。

自分を脅かし排他するものを絶対に許さない、許せない、エレンのそういう気質が好きだから納得する。世界を徹底的に敵味方に割け、敵を人扱いせず殺しまくりたいと思う ことができる。元々かれはそういう狂気を持ちあわせる男で、そこがすごく良かった。
今までそれは丁度良い敵(巨人)に向いていて、調査兵団の目的と適っていたから問題視されなかった。物語の進行とエレンの住む世界の都合に適っていたから。でも、方向は変わった。方向が変わったところでエレンはまっすぐに偽りも辻褄合わせもなく、同じ場所を見るしかない。 それが彼自身の「座標」であり存在点だとすら思う。

エレンの「おれたちは元々特別で、自由だからだ!」がすきだ。その言葉はエレンの母が幼子のエレンに言い聞かせた言葉だ。その母の愛の原理を、世界(父原理社会)は持ち合わせず、だからこそ「世界は残酷」なのだ。「残酷な世界」、ミカサを傷つけ、母を殺し、果ては自分の死を望む世界をエレンが許せるはずはもとよりない。

エレンの強烈な憎悪と物語の最終着地点にはいったい何があるのか。エレンが最終的に求めるものはなにか。自由な自分を、罪のない自分への世界から肯定ではないか。あるいはエレンは土に還り大地や大空と一体化し解放されるのかもしれない。そこで巨人の脅威に晒され死んでいった人たちが、生前に求めたものを死後にちゃんと手に入れていたことを知るのかもしれない。しかしそんな話があるか?そんな封神演起のダッキみたいな………。それが嫌だと思ってしまうのはわたしが一介の読者だからだろうか。諫山ワールドにかつてない刺激とカタルシスをどこまでも求める凡愚だからだろうか。

ただエレンのその復讐心はグリシャから継いだものであることも確かだ。ヒストリア・エルヴィンのエピソードに象徴されるように基本的に『進撃』は父から継がれるものは負である。そこを断ち切ることが物語全体の課題であるようにも思える。とすればエレンが世界滅亡を目論む巨人であり、エレンを打ち倒すことで救われる世界、という構図そのものが、否定されるのではないか。『進撃』はもともと世界の構図、現在理解されている情報を枠組みの外から覆し、予想外の方向から事態を動かして展開してきた。(そのほとんどの「予想外の気づき」はアルミンが負っている。)エレンが従おうとしている「世界の流れ(神話)」はもともとグリシャが自身の宗教心から捏造したものだ。これがグリシャがエレンひいては世界にかけた呪いだと言い換えられる。そこに気づき、元の神話を復元する。これであれば父の負の遺産は断ち切られ、エレンのラスボス化も止められる。物語の流れ、歴史と未来の流れを変えられる。2期EDで流れたような神話の絵の読み解き、歴史の再解読が焦点になってくるのではないか。そしてその役目を負うのはやはりアルミンなのではないか?

 

**追記**

 そもそもエレンは母似という設定を考えるとこの説は補強されてくる。壁の中にいた頃の3人の目指す先も「母なる」海だった。そして神話ですべての支配者といわれる神もまた女性型なのだ。物語の収束先が「母」であることはほぼ確実だろう。

個人的に考えたのが、ユミルに伝わるそもそもの神話は「悪魔が女神になる」という物語なのではないか?ということだ。エレンが髪を伸ばしたことと、その名前、そして母神への収束から思いついたのだが。

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これは「始祖ユミルが大地の悪魔と契約して巨人になった図=悪魔からユミルにりんごを渡す場面」と解釈されてきたが、「始祖ユミルから大地の悪魔にりんごが渡され、ユミルのりんごを悪魔が受け継ぐ場面」ともとれる。
北欧神話でりんごの管理をする役を負う女神イズンは「無邪気でおてんばな少女」といわれるという。ならば容姿・性格からも現在の身分からも、女神イズンはクリスタになってくるのではないかという気がする。ただ彼女は神という象徴的没個人的な存在になることを望んでいないので、正しくは「天使」なんだろう、作中で明言されているように。

 

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そして——エンディングの最後を飾っていたこの絵は「りんごを継いだ悪魔が女神へと変わった様子」と解釈することも可能だ。個人的な意見なのだが、この絵は『ビーナスの誕生』と『自由の女神』を合わせたような感じがする。つまり荒唐無稽ではあるが「自由を求める(=エレン)女神の誕生」のシーンを描いているのではないだろうか。

**2020.2.14再追記

自由の女神像はその名のとおりアメリカの「自由」と民主主義の象徴であり、イギリスからの独立100周年を記念してフランスから贈呈された。ウォールマリア編最終話で調査兵団がレイス家を糾弾し革命を成功させ、王族は公開処刑にかけられている。その様はフランス革命を彷彿とさせるものだった。19世紀フランス・イギリス(壁内世界・ヨーロッパ)からアメリカ(新大陸)へ世界の中心が一新されたように、進撃の世界全体が変わることを描いているのではないか。Wikipedia自由の女神像」の項(

自由の女神像 (ニューヨーク) - Wikipedia)を見ると

>足元には引きちぎられた鎖と足かせがあり、全ての弾圧、抑圧からの解放と、人類は皆自由で平等であることを象徴している。女神がかぶっている冠には七つの突起がある。これは、七つの大陸と七つの海に自由が広がるという意味である。 

とあり、いやこれはもうエレン以外の何者でもないのでは…という感じすらしてくる。七つの大陸と七つの海という言葉も意味深である。また自由の女神像の足元には「新しい巨像」という碑文が刻まれているらしく、巨人の世界との繋がりを読みとることもできる。進撃の巨人においてエレンの出生地である壁内はパラディ島と呼ばれる追放地であった。この女神像はリバティ島という島に置かれている。

 

**追記ここまで

 

f:id:hlowr4:20200213025753j:plain(ビーナスの誕生)

f:id:hlowr4:20200213031755j:plain自由の女神/写真AC)

 

 

つまり、個人的に予想する話の流れとしては、

(1)アルミンがグリシャによる恣意的な歴史の解釈に気づき、本来の神話を修正し復元する。→(2)それをエレンに伝え、エレンは本来の歴史に沿った動きをする、という展開なんじゃないか、と考えている。

そう考えれば、エレンはこの物語で、少年漫画の主人公としては意外なほどずっと守られてきたのだった。最終的にミカサ、アルミンをはじめとした調査兵団の人々それぞれが兵士から女神を守る「九つの巨人」へとなぞらえられていくような感じもする。

 

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情熱大陸」で公開された最後のひとこま。これがエレンとエレンの子供だと仮定して。エレンは子供には空白の未来を残す。父からの憎悪と殺戮という遺産を放棄し、母固有の「自由で特別」だけを子供に相続する。そういうシーンなのではないだろうか?